Angourieで過ごした数ヶ月 Part2

Angourieで過ごした数ヶ月 Part1
オーストラリアのワーホリ時代、お金を貯めて数ヶ月のトリップに。 約3ヶ月滞在したAngourie(アンゴーリ、今調べたらアングーリーだった)はその中でも自分のサーフィン人生に大きな影響を与えた。

もう20年以上も続く自分のサーフィン人生に大きな影響を与えたオーストラリアのAngourie(アンゴーリ・アングーリー)での生活。

トルコ人女性とレストランの従業員と始まったルームシェアの場所は森に囲まれたレンガ造りの一軒家。

まだフィルムカメラしか無い時代で、まだカメラの経験も浅いので、変な写真ばかりで失礼。

でも、大体の雰囲気は分かると思う。


確か土足の生活。
ドアを空けるとすぐにキッチンがあって、奥が少し下がってリビング。


そういえばジェームス・ディーンの写真が飾ってあった。


右奥に見えるのが暖炉。


屋根裏部屋みたいなマイルーム。


マイルームからリビングを見下ろすとこんな感じ。

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Beachwood cafeでの日本食ナイト

beachwood cafe offers the best food and coffee in yamba

シェアメイトのトルコ人(ターキッシュ)の女性は「セプテブ』Sevtapという名前で恐らく、当時20代後半くらいだったと思う。
小柄でパワフルな女性で、いつも良くしてくれていた。

そのセプテブがある日
「日本食ナイトをレストランでやろうと思うんだけど、協力してくれる?」と訪ねてきたので、余り自信はなかったものの、少しは料理経験があったので、軽い気持ちでOKサインを出した。

後日、レストランで打ち合わせ。
メニューはオーストラリアで手に入る食材を考慮して寿司、コロッケがメインだった覚えがある。

当日、お昼頃から仕込みに行って、コロッケなどの作り方を教え、夕方になってオープンすると強烈な忙しさに…。
食材が尽きて一段落後、ホールの方に来てくれと言われて向かうとこの小さな町にこんな沢山の人がいたの?と驚くような賑わいだった。

セプテブに「今夜のシェフです」と紹介され、照れながら色々話して、こんなに人が来るとは思わなかったと言うと、今回の「日本食ナイト」に結構気合いを入れていたみたいで、ポスターを作って隣町まで貼ってきたとサラッと言っていた。
軽い気持ちで引き受けたオファーだったけど、20年以上経った今でも記憶が残っているくらい印象的な出来事で、やって良かった。

ちなみに「Beachwood cafe」はあのレジェンドのナット・ヤングの宿の隣にあり、その時はカフェのオーナーもナットだと言っていた。
ナットにはたまたま、隣町のヤンバのビーチで波チェックしていたら、車の隣に来て「昨日まで波はどうだった?」と聞かれたことがある。

Angourieのローカル的にはナットが宿をオープンしたことをビジターが増えるとネガティブに考えていた人もいて、海で喧嘩になったこともあったそうです。

「Beachwood cafe」のサイトを見るとセプテブは素敵な女性になっていました。
インスタもやっていたので、フォローしてみました。
いつか、再会出来る日が来れば嬉しいです。


日本食ナイトの当日。
着物は家に良く遊びに来ていたCAの私物。
旦那さんはサーファーで良い人でした。


「Beachwood cafe」&セプテブの愛車、HONDAのシティ。
懐かしい〜。